福井地方裁判所 昭和43年(行ウ)3号 判決 1976年10月08日
原告 河瀬早治
被告 敦賀税務署長
訴訟代理人 細呂木谷正義 山口三夫 朝倉信夫 ほか二名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
第一請求原因(一)および被告の主張(一)の各事実は当事者間に争いがない。
第二原告が本件課税処分の違法事由として主張するところは必ずしも明確ではないが、原告の主張を善解して判断する。
一 まず原告は、本件係争年度における同人の申告事業所得金額はいずれも被告の職員の指導・勧告による合意に基づくものでその後において右合意を撤回してなされた本件課税処分は禁反言の法理に反し、違法である旨主張する、しかし、右合意の主張の趣旨にそう<証拠省略>はにわかに措信し難く、他に右合意を認めるに足る証拠は存しないのみならず、そもそも納税者の納税義務の成立およびその内容は、全て法規または行政行為によつて確定せられ、所得申告行為は既に抽象的に発生している納税者の租税債務を納税者の側において具体的に確認するところの私人の公法上の行為であると解されることに鑑みれば、納税申告において納税者と課税庁間に申告に関する合意なる観念を容れる余地はなく、従つてまた合意の撤回ということもあり得ないものといわざるをえない。そしてこのような所得申告行為の性質に鑑みれば、申告の過程において課税庁職員が納税者に対し申告につき勧告・指導をなしたとしても、そのことは申告行為の効力に何等消長を及ぼすものでないというべきであるから、納税申告に関する合意の存在を前提として本件課税処分が禁反言の法理に反する違法な処分である旨の右主張は失当である。
二 次に原告は、何等の調査に基づくことなくなされた本件課税処分は違法である旨主張する。なるほど<証拠省略>によれば、原告に対する本件更正加算税の賦課決定通知書の処分理由欄には両年度分共「調査の結果あなたの申告額は過少と認められますので更正します」という記載が存するのみであり、また他の本件全証拠によるも被告が本件課税処分をなすに当り如何なる調査をなしたか判然としない。しかしながらそもそも課税処分取消訴訟においては、当該処分の違法性の有無は被告課納庁の認定した課税標準等または税額等が客観的に正当な数額であるか否かによつて判断されるべきものであるから、被告課税庁において当該課税処分の適法性を立証するために、当該課税処分後に蒐集した資料をもつてその適法性を立証することも許されるものと解すべく、従つて調査のなかつたことを以つて本件課税処分の違法をいう原告の主張は失当である。
三 次に原告は、本件係争年度の実際事業所得金額は申告金額を下廻り昭和四〇年分が四一五、〇六〇円、同四一年分が欠損九一、〇二四円である旨主張するが、所得税法が申告納税制度を採用している所以、租税法律関係の安定、税務行政の合理的運営の要請に鑑みると、およそ納税者は一旦申告書を提出して申告をなした以上、後に至つて当該申告書に記載された所得金額と異なる金額をもつて真実の所得金額と主張するには、申告者において申告金額が真実の所得金額と相違し且つその申告行為に無効または取消しうべき事情が存する旨の立証をなすことを要すると解されるところ、後に説示する通り原告の本件係争年度に、おける事業所得金額が申告額と異なり原告主張額が真実であるものとは認められないのみならず、申告につき何等無効ないし取消しうべき事情が存することの窺えない本件においては原告の右主張は失当である。
第三そこで進んで本件課税処分が課税標準等または税額等において客観的な数額に合致する正当なものであるか否かにつき以下検討する。
一 推計課税の適否
原告の本件係争年度の損益計算書による事業所得金額が別表一、二の原告主張金額欄記載の通りであること、同人が白色申告事業者であることは当事者間に争いがなく、<証拠省略>によれば、原告の右損益計算書の裏付けとなる帳簿類等は、原告の前記被告に対する異議申立てないし訴外金沢国税局長に対する審査請求以後に至つて初めて被告に提出されたが、昭和四〇年分の帳簿類については原告は残存しないとしてこれを提出せず、また同四一年分の帳簿類については収支金額、経費等を記載した大学ノート、請求書ないし領収書綴等が残存していたのみであつたこと、これら帳簿類は正規の簿記原則に基づき記載されておらず且つその一部に脱漏、重復記載等が存し、それのみによつては原告の昭和四一年分の右損益計算書の裏付け資料が完備しているものとは認め難いものであつたこと、なお右帳簿類は、原告が本訴において自己主張額の裏付け資料として提出の帳簿類(<証拠省略>)とは別個のもので、右原告提出の帳簿類は審査手続の段階では国税協議官に提出されていなかつたことが認められ、右認定の趣旨に反する<証拠省略>はにわかに措信し難く他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。
原告は自己の損益計算書の裏付けとなる資料として右各甲号証を提出し、右は<証拠省略>によりいずれもその成立を認めうるが、それら帳簿類が前記事実に照らし作成日につき本件係争年度中に作成されたものとは認められないのみならず記載の体裁からみても後に一括して記載されたものと推測しえないものでもない。従つて右甲号証をもつて原告の本件係争年度の事業所得算定の適確な資料とはなし難いといわざるをえない。
以上の事実によれば、原告は白色申告者であり、同人の損益計算書の裏付けとなる帳簿類が昭和四〇年分については全部、同四一年分については一部存在せず、しかも同四一年分についても裏付帳簿類には脱漏、重復記載等が存し、適確な所得算定の資料とはなし難いのであるから、本件係争年度の原告の事業所得を算定するには、いきおいその全部または一部につき他の資料ないし推計方法を用いることも許されるというべきである。
本件において推計課税は許されない旨の原告の主張は採用できない。
二 推計方法の適否
そこで次に被告主張の本件における所得の推計方法の適否について検討する。
(一) 被告の採用した推計方法は、要するに損益計算書の裏付けとなる帳簿類のほぼ残存していた昭和四一年分につき、帳簿類を遂一検討しそれら相互間における計上漏、重復計上、違算等を整理修正し、更に計上漏については一部を推計するなどして損益計算書の各科目の金額を確定して事業所得金額を算定する。かくして算出された金額から昭和四一年分の売上原価率、一般経費率を算定し、帳簿類の全く存しない昭和四〇年分については、原告の損益計算書の売上原価を昭和四一年分の売上原価率で除して売上金額を、右売上金額に昭和四一年分一般経費率を乗じて一般経費を各算出する外損益計算書自体において償却費の計上をなし、事業所得金額を算定するという方法をとるものである。
しかして昭和四一年分の原告帳簿類は記載が不正確とはいうものの、それが課税庁側に提示された時期およびその中には伝票、領収書、請求書等の個々の取引の実態をほぼ正確に表わすものと思料されるものが存した事情からすれば、同人の大学ノート甲の収支帳の個々の記載の中には右伝票等とあいまつて同人の所得実体を把握するための資料として使用するに耐えうる部分も少なくないと考えられる。また原告のごとき不特定多数の客との取引の内容とする事業〔編注:食堂及びカフエー営業〕につき、納税義務者の作成する諸帳簿等を度外視して他の客観的な資料のみで正確な所得金額を算定することは至難と思料されるし、個々の事業者の所得がその立地条件等により必ずしも一率のものではないと思料されるので、あとう限り納税者の真実の所得金額を算定するためには、不正確な帳簿類ではあつてもそれらに基本的に依拠して原告の所得金額を算定することは相当というべきである。そしてまた昭和四〇年分についても原告の帳簿類は全く存在しなかつたのであるから、昭和四一年分において確定された同人の所得金額およびその元になる損益計算書の各科目の売上原価率、一般経費率から同年分の同人の事業所得金額を確定されることもまた相当というべきである。
これを要するに、右被告の主張する推計方法は原告の損益計算書の裏付けとなる帳簿類が不備ないし不正確か、全く存在しないという本件においては、それ自体特に不合理であるとも認められず、納得できないものでもなく、不完全な資料を取捨して課税対象の実体をできる限り正確にとらえ、もつて適正、公平な課税を実現しようとする限り、社会通念上当然許さるべきものであつて、正当かつ合理的であるということができる。
被告の本件推計方法の不当をいう原告の主張は採用し難い。
(二) そこで当裁判所も正当であると認める被告の算定、推計方法に従がい本件係争年度の原告の所得金額を認定することにする。
1、2、3<省略>
第四 よつて、原告の被告に対する本訴請求は、すべて理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 川端浩、岩城晴義、北村史雄)
別表<省略>